セーブ&ロードでチートする――『スラムドッグ$ミリオネア』

まず最初に観た『スラムドッグ$ミリオネア』について。全体の構成とかについてとか、ネタバレは多少あるので、そういうの気にする人は注意を。


インドのスラム育ちで、全くの無学の青年ジャマールが「クイズ$ミリオネア」においてなぜクイズに次々と勝ち抜くことができたのか、という話のコンセプトがまず上手い。クイズに答える場面と、ジャマールが過酷な生い立ちの中でいかにその知識を得たかという回想シーンが交互に描かれるわけだが、この時系列の工夫によってミステリー的な興味を持続させる構造だけで既に半分勝ってるだろう、これは。


さて今ミステリー的という言葉を使ったけれど、実際は確か

①クイズの提示→正答→過去の回想
②クイズの提示→過去の回想→正答
③過去の回想→クイズの提示→正答

という3つのパターンがあった。
①はさっき書いたように「なぜ彼は正答できたのか?」という疑問が提示され、やがて解答が与えられるという意味で普通のミステリー的な構成。
③は確か一回くらいあったけど、単にさらりと流される感じだったので割とどうでもいい。
で、ちょっと興味深かったのは②のパターン。なぜかっていうとノベルゲームを連想するから。
クイズが出されてさてどうしよう、ということで、セーブしていたシーンへとロードして戻って「ああ、ここが伏線だったのか」みたいな感じで答えを知ってから再びロードして現在へと戻るという。「今セーブ&ロードで見てきたんで答えわかります」みたいな。だから作品ではジャマールはチートしてないんだけれど、観ている側としてはチート感覚があったり。
もちろん、ノベルゲームというのは大体選択肢総当たりでプレイするもんだから体験としてはかなり違うんだけど、セーブ&ロードによってメタ的に時間移動をする感覚というのはこの映画にあったと思う。
つまり、主人公ジャマールの体験としては単に昔の体験を思い出しながらクイズに答えているだけなんだけれど、映画の観客としては変な時間移動感覚があってそのズレはちょっと面白いよね、と。そういうメタレベルとオブジェクトレベルのズレに着目するのは映画の分析としては定石っつーか陳腐なんだろうと思うが。
主人公が観ているものと観客が観ているもののズレというのを突き詰めた作品は他にいっぱいあると思うし。僕が知ってるものではクリストファー・ノーランの『メメント』あたりか。そういえば『シックス・センス』は逆にそのズレがないのが面白かったのか。まあそんなことも思ったり。
ところでここまで書いて、最近読んだid:meta_funnyの『CARNIVAL』評にかなり影響受けてる感想だなと思った。今挙げたの両方叙述トリック映画だし。まあいいか。


さて作品自体から話がどんどん遊離していくのでそれはこのくらいにして、と。
先ほど書いたようにこの映画はクイズとジャマールの半生を交互に描くという構成が非常に上手い。終盤は回想が現在に追いつき、現在形のドラマに移行し、ややベタな感や御都合主義的な点はあるものの、ラストは見事にまとめている。
ただ不満というのでもないが、この映画はやっぱり「クイズ$ミリオネア」という実在の番組自体の面白さにかなり頼っている感じはあるよね。あの番組においてもどんな境遇の人間がクイズに答えるか、という点に観客の興味が行くわけで。だからまあ、クレバーな脚本だよなあとは思う。
あともちろんこの映画の中でも「クイズ$ミリオネア」に熱狂している観客がいて、さらにそれを観ている我々がいて、という形で二重構造になっている(『トゥルーマン・ショー』とか思い出すね。つーかまたメタ/オブジェクトの話か)。
我々もまた作中の観客が熱狂するように、ジャマールがクイズに答えられるかハラハラするわけだが(どうせ当たるに決まっているとも同時に思うが)、作中の観客はジャマールの半生など知らないし、我々はまたジャマールがクイズに答えている背後においてジャマールの兄・サリームと、ジャマールの愛する女性・ラティカが別のドラマを繰り広げていることもまた知っている。そこにもズレがある。「クイズ$ミリオネア」におけるライフライン・テレフォンでジャマールが兄の携帯に電話をかけることによって二つの流れを接合させたのもやっぱり上手い。


以下は補足的なこと。本当はこの映画はクイズシーンと回想シーンだけじゃなくて、刑事にインチキじゃないのか問い詰められているシーンもあるので実は三重構造なんだけど、詰問シーンは多少のアクセントを付ける以外、特筆すべき効果はそれほど挙げてないように思えた。『ユージュアル・サスペクツ』なんかを思い出しはしたが、あの作品にあったような仕掛けはない。


表現的な面についてもあんま語れることはないながらもほんのちょっとだけ書くと、カメラワークがやたら上手いのでそれだけでかなりの部分飽きずに観られる。撮影賞取ってたのも納得。特に主人公らスラムの子供達がいたずらをして大人から追いかけられる場面ではカメラ動きまくり、アングル変えまくりでスピード感があった。あと後半かつてスラムだったが今はビジネス街になっている街を見下ろす場面のダイナミックな構図が良かった。


まあとりあえずそんな感じかなー。